秋田家庭裁判所 昭和41年(家)156号 審判 1966年3月23日
申立人 小松栄三(仮名)
主文
本件申立を却下する。
理由
(申立および主張事実)
申立人は、「本籍秋田県○○郡○○町○○○○○字○○三三四番地筆頭者小松栄三の戸籍中、出生年月日欄を明治四二年一〇月二二日生と訂正することを許可する。」旨の審判を求め、申立理由として、つぎのとおり述べた。
申立人は、明治四二年一〇月二二日出生し、父栄吉が同年一一月一日にいたりその旨の出生届出をしたが、高等小学校二年の時秋田師範学校の入学受験をするに際し、当時満一四年五月でその受験資格がなかつたため、父栄吉は申立人の年齢を一五歳以上とするため、秋田区裁判所に対し戸籍訂正許可申請をし、「実際の生年月日は明治四二年二月二二日であつたが、届出が遅れたため同年一〇月二二日と届出した。よつて、真実に合致するよう訂正許可を求める。」旨虚偽の申立をし、同裁判所は大正一三年一月九日誤つて右申請を認容し、これを許可したため、同年一月一五日これに基く訂正申請により、申立人の出生年月日が「明治四二年二月二二日」と訂正された。申立人は、現在本籍地役場吏員として動務しているが、昭和四一年二月二一日に満五七歳に達したものとして、このほど退職勧告を受けることとなつた。そこで、再度、申立人の真実の出生年月日である明治四二年一〇月二二日に訂正することを許可されたい。
(当裁判所の判断)
申立人審問の結果および当裁判所が職権で調査したところによると、つぎの事実が認められる。
申立人親権者栄吉は、明治四二年一一月一日本籍地役場に対し、申立人の出生年月日を「同年一〇月二二日」とする出生届出をしたため戸籍にその旨記載された。右栄吉は大正一三年一月頃秋田区裁判所に対し旧戸籍法に基き、申立人の出生年月日を「同年二月二二日」とする旨の訂正許可申請し、同裁判所が審理(申立人が父栄吉から聞いたところでは、その手続で産婆の出産証明書を提出し、親戚の者の証人調をしたという。)の上、大正一三年一月九日これを許可する裁判をし、右栄吉が同年同月一五日右許可に基いて訂正申請した結果その旨戸籍の出生年月日が訂正された。申立人はこれにより秋田師範学校の受験資格を得、受験の上合格し、以後、今日にいたるまで、すべてこの法律関係において自ら進んで、出生年月日を「明治四二年二月二二日」として来たが、退職勧告を受けるようになつてから前言をひるがえし、真実の出生年月日が許可前の戸籍記載の日であると述べるにいたつた。
申立人が親権者によつて区裁判所に対し、旧戸籍法により、戸籍に記載された生年月日が錯誤によるものとして訂正許可の申立をし、その旨の許可がされ、右許可に基き戸籍の記載が訂正された後、長年の間それを基本とした法律関係が形成されて来たときは、たとえ右許可が誤りで、許可前の生年月日の記載が真実に合致するとしても、申立人が、再び、戸籍法第一一三条に基き家庭裁判所に対し、許可前の戸籍の再訂正の許可を求めることは、非訟手続行為における禁反言の原則に反し、民法第一条第二項にいう信義誠実の原則違反の無効の行為として、許されない。と解する。
すなわち、
(1) 最初の申立が親権者によつてされても、その効果は本人に帰属するし、もし、その効果を欲しないならば、戸籍法上の訂正許可申立能力を取得した(旧戸籍法上で遅くとも満二十歳に達すればその能力を有したと解する。)後遅滞なく再訂正許可の申立をしなければ失権することは、民法第七九一条第三項の趣旨から類推される。そして、申立人がそれを黙認した場合、その黙認の効果に反する事実を主張することもまた禁反言の原則に反する。
(2) 出生年月日の訂正許可の裁判は既判力を有しないし、それは原則として真実に合致するようなされなければならない。しかし、右裁判も、真正な出生年月日の確定を前提とするところ、その証拠方法は、主として申立人の提出するものに限定され、裁判所が職権で調査するにも限界があるから、提出された証拠に基く裁判も―採証法則に誤りがない限り―また当事者に大半の責任を帰しなければならない。最初の申立の際申立人の親権者の提出した証拠方法に基いて裁判したであろうことは一般的にいえるところである。(特段の事情のない限り許可の裁判に採証法則の誤りがあるとは考えられない。)このように、自ら提出した証拠方法に基いて誤つた裁判の結果を意欲した場合には、後日他の証拠に基く裁判で異なる結果を与えることは、正義に反する。
(3) 生年月日訂正許可の裁判は、それ以後長年の間に形成されたすべての法律関係の基本となつていたものである。もし、再訂正を許可すれば、それによつて従前の法律関係は一挙に覆され、これによつて蒙るべき公益の被害は、それによつて受けるべき申立人個人の利益より、はるかに大であり、このような結果を惹起するような許可をすることは、著しく正義に反し、条理にもとる。そして、申立人のこのような訂正申立権の行使は信義誠実の原則に反する結果を来すといえる。
本件申立は、前叙説示の点から禁反言の原則に反し、信義誠実の原則にもとる無効な申立として、却下を免れない。よつて、主文のとおり審判する。
(家事審判官 高木積夫)